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さらさら

日々気づいたことや、誰ともなしに伝えたいことを溜めておく場所です。

誰かのためっていう、自己満足

「他人のため」と「自己満足」は紙一重で線引きが非常に難しい。

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社会人になって、この職業を通して、自己満足の助言がいかに迷惑なものか、日々痛感してる。

本人はきっと私のためになると思って色々教えてくれたり、ああしたらどうかこうしたらどうかというアドバイスをたくさんたくさんたくさんたくさんくれるんだけど、「私のために」という正義感を纏った自己満足の押し付けなんだよなぁ。そこには無自覚であろうと少なからず上から目線な態度が存在しているので、なんだか耳を覆いたくなってしまうのです。特に同期とか、たいして立場の変わらない人だと余計。


ほんとに尊敬してる人には、自分からアドバイス求めに行くよ。
聞いてもないのに、あなたの自己満足に付き合うのは疲れてしまったよ。


なんて偉そうにいってるけど思い返してみればつい最近まで大学生だった私も同じだったなぁ。聞かれてもないのに後輩にアドバイスしたり友達にアドバイスしたり困ったらいつでも聞いてねなんて。聞かれないし相談されないってことは、相談する価値がないと思われているんだよ。

それなのに、ほんと、押し付けがましかったなぁ、私も。


「他人のため」と「自己満足」は紙一重。

「誰かのために」って言ってる人なんて、だいたい嘘っぱちなのかもしれない。そういう人に限って、薄っぺらい表面的な関わりあいしか持たないんだ。

ほんとに誰かのためになにかをするなら、自分を犠牲にする覚悟と、嫌われようがどこまででも相手と向き合う厳しさを持たなきゃいけない。そんな覚悟や厳しさって、よっぽどの自己満足でもなきゃ出てこないんじゃないか。

つまり、「他人のため」も「自己満足」もほとんど同じってこと。だから自己満足でやることに、いちいち「他人のため」だなんて使命感をかざさないでほしい。自己満足なら自己満足で、自分のために勝手にやればいいのだからね。


ということで私はこの考えが変わるまで、これから「誰かのために」という言葉は一切使用しないことにします。
自己満足でいいじゃん、って思えるようになる日が来るなんて、大学生の頃の私には予想も出来なかったーっ。

そんな本日